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未踏作業日誌――余計なもの作るよ!

未踏の作業日誌的なものを書きましょうということで書くことにしました.余計なことばっかりしています.

情報リテラシと作業の高度さは比例するよね

最近,ジャズのシステムを作っていて,音楽は宇宙だということを思い知った.1つのコードに対して転調可能なコードはいくらでも存在するし,それぞれのコードで利用可能なスケールはまるで違う.こんなのをリアルタイムで計算しながら演奏するのは不可能に思えた.それでも,いちいちニュアンスを変化させたりしながら演奏できる人は,音楽演奏に関して類まれな才能を持っているんだろうと思う.それが音楽的センスなのか,理論的センスなのかは知るすべがない.

そういうわけで,研究スケジュールから見て,別の研究をやったほうがいいことになってしまった.既にDICOMOで発表しているので,その内容をさらに発展させる方向性になった.とりあえず,今やっている研究にも一区切りついたので,スケジュールを急に変更しても大丈夫な気がする.

歯が割れてしまったので,ここ最近は歯の治療をしている.歯を残す方向性だったけれども,クラウンの下駄が高すぎて歯を滅茶苦茶削られてしまった.おまけに,クラウンをハメても高すぎるので下の歯も削ることになった.幸い,歯医者さんが頑張った結果,クラウンは見事歯に収まり,仮り付けすることができた.ただし,何かベトベトした食べ物を食べるとクラウンが抜けそうになるので,未だに割れている歯で噛むことができない.つらい.

来週,MRIの検査結果が来て,これからのリハビリのスケジュールが決まる.バイクの教習に行けるようになるかもしれない.冬休みや春休みに入ると,暇な高校生が車の免許を取りに行くので,やたら混み合うらしい.その前にバイクの免許を取ってしまいたい.できれば,慣れるまでは小型MTで乗りたい.普通にスーフォア160kgもある.重い.

 

まあ,そういうどうでもいい話はここで置いといて,情報リテラシって情報系大学の中で凄く難しい問題だよね,って思った.

情報リテラシとは,コンピュータとの仲良し度のことで,情報リテラシが高い人ほどコンピュータの新しい知識に対して適応能力が高い.逆に情報リテラシが低い人は,キーボードを見たことがない,ネズミがどこにいるのかわからん,みたいな状態になる.断っておくけれども,低いからって悪いわけではない.

しかし,情報系の大学を出ているのに情報リテラシが低いという状態は,客観的に見て何を勉強しているんだという話になってしまう.恐ろしい.幸い,大学から支給されるノートパソコンで宿題ができないって人は見たことがない.噂も聞かない.そこまで酷くはなかった.

 

しかし,情報リテラシはこの情報化社会の中でどうしても必要になってくる.最悪,エクセルで方眼紙できるスキルが色々なところで求められている.

一方で,方眼紙しか作れないレベルだと,Excel上の顧客情報を参照して,請求書だとか旅券だとかを出力することはできない.Accessなんて以ての外だし,そもそもExcelの関数を知る必要がある.ここは個人で勉強して貰いましょうというところなのであるが,情報リテラシが低いと端からわからないと決めつけて勉強しない事例がここ最近で発生した.

しかし,情報リテラシが低いと,現在何もわかっていないことを理由に勉強しないことがある.過去に何度か遭遇した.根気強く教えたつもりではいたが,全部僕がやっていたような気がする.あまりよくない.

どうにかして本人の情報リテラシを高めないと,いつまで経っても覚えないし,その作業も反復することができない.

 

ここで情報化社会の一員として色々と考えるのである.

  1. 頑張って勉強してもらえるようプレッシャーをかける
  2. 勉強しなくても済むようなものを作る
  3. 無視をする

1番はわかりやすい.公務員になりたいのなら公務員試験に合格しなきゃならない.じゃあ勉強するしかない.特に強いプレッシャーをかければ,普通ならば勉強を始める.あるいは,家庭教師をすることで,弱いプレッシャーをかけ続けるなどもいいかもしれない.

2番はエンジニア的な視点で,簡単に高度な作業のできる物を作るということである.振り返ると情報化社会というものは様々な技術の集積で,少しずつ難しかったことが簡単になり,より高度で難しいことができるようになるの繰り返しだった.しかし,勉強も出来ない人が使えるような簡単な物を作るとなると,並大抵の努力では作れない.数多くのソシャゲが存在するが,AAA級タイトルのほとんどはUX班があって,操作性やイベントの心地よさについて,定性的な評価を集めて実装に反映させている.

3番はもはや諦めにも近い.自分は関係ないとしらを切る.選択として最悪ではあるが,心が平穏になる.平穏になっても,教える立場と教えられる立場で成長が望めない.これは困るぞ.

 

勉強しないと困ることの一つは,高度なことができなくなる点がとても大きい.必然的に,誰かが2番を選択して,高度なことを簡単にできるソフトウェアが開発されないかぎり,いつまで経っても高度なことをすることができない.そうなると,簡単な作業しか回せなくなってしまう.本人も成長する気がなかったりすると,とても悪循環になってしまってこちらも困る.

ここでタイトルに戻ってしまうけれども,情報リテラシと作業の高度さはどうしても比例してしまうものがある.情報リテラシが高い人は,適応力も高く,すぐに様々なツールを覚えて使いこなしてしまう.結果的に,そういう人ほど知識が集約するので,問題点を解決する糸口を持っていたりする.

いや,でも情報リテラシが高い人たちも低い時代があったはずで,僕も上海とシムシティしかやっていない時期があったはず.じゃあ,なぜ高い人と低い人で差が付いてしまうのか…….

コンピュータに対して勉強のモチベーションを向けられないのだろうか.でも,やる必要があると知っているのにやらない理由にならない.私生活で勉強よりもゲームのほうが重要なパターンも考えられる.

こんなパターンがないかと自分の人生を振り返ってみると英語の存在があった.一応,必要なことだろうけど,文法はいくら覚えたところで作文に活かされないからさっぱり勉強していない.ああ,なるほど,本人にとって勉強する必要もないことは勉強しないのだろう.

いや,だとすると業務とか卒業で必要なことを勉強しない理由にならない.

逆に,情報リテラシが高い人は好奇心旺盛な人が多いような気もする.

 

色々と考えたけれども,高度な作業をするには,情報リテラシを高めていかなければならない.どうしても情報リテラシを高める方法はないんだろうか.できるだけこちらの手間をかけずに.本当にそんなことができるようになったら革命だと思うけど…….